令和6年度 地域医療充足度調査
NPO法人艮陵協議会 理事・事務局長
東北大学災害医療国際協力学 教授 江川新一
令和6年(2024年)6月に行った地域医療充足度調査結果を報告します。この調査は艮陵協議会の事業の一つとしての研修医および専門修練医の動向調査とともに行ったものです。アンケートを送付した115病院のうち65病院(56.5%)から回答がありました。ご協力に感謝申し上げます。
1.初期臨床研修指導医の充足度について。(有効回答のみ)
①卒後7年目以降の全医師数3,637名 |
②うち初期臨床研修指導医資格を有する医師数 2,043名 (①の56.2%)(昨年度は56%) |
③卒後3-6年目の医師数 920名 |
図1は、ご回答いただいた加盟病院における卒後7年目以上の医師数(X軸)に対する臨床研修指導医の在籍率(Y軸)です。大規模病院から医師数10名以内の病院まで、初期臨床研修指導医の資格を有している方の在籍率はばらついています。全体の指導医在籍率は56.2%でした。卒後7年目以上の医師が30-100名程度の病院では、50%以上が指導医資格を有していますが、7年目の医師数が30名以下、あるいは150名以上の病院では、指導医資格取得にばらつきがあることがわかります。
図1 卒後7年目以上の医師数と指導医在籍率(横線は全体平均)
図2は初期研修医を募集している加盟病院における指導医や上級医、後期研修医、専攻医、2年目研修医の在籍数、および2年目のマッチ率が1年目のマッチ率に与える効果を比較した図です。昨年度マッチ率が高い病院は有意に今年度のマッチ率も高くなりました(p<0.039)。屋根瓦式の研修の魅力が影響しているかもしれません。また、それ以外の項目はいずれも統計学的な有意差はありませんでしたが、卒後7年目以上の指導医・上級医の数は今年度のマッチ率にもよい影響がありそうです。つぎに影響があったのは専攻医2年目(卒後4年目)やひとつ上の2年目研修医の数という結果でした。
図2 1年目(今年度)マッチ率に影響を与える因子の多変量解析
図3は卒後7年目以降の上級医の中で指導医資格を有している方の比率と今年度と昨年度の初期研修マッチ率を比較したものです。マッチ率の高い病院は指導医の比率が高い傾向があります。一方、マッチ率が100%であっても指導医の数が少ない病院もあります。
図3 卒後7年目以降の医師における指導医資格取得率と初期研修医マッチ率
2.指導医の充足のために取り組まれていること
各病院において継続的に以下のような取組がなされています。
a | 初期臨床研修指導医講習会に派遣している | 48 |
b | 大学の医局との関連を大切にしている | 47 |
c | 関連する複数の診療科が揃うようにしている | 10 |
d | 給与・待遇を充実している | 17 |
e | 宣伝・広告を充実している | 3 |
f | 指導医の雑用を減らすための事務職員を充実している | 20 |
g | 学会参加・情報取得の環境を充実している | 34 |
h | 学会の指導医取得がしやすいように環境を整備している | 23 |
i | 医師の人材マッチングサイトを利用している | 9 |
図4 指導医充足のための取り組み
その他の取り組み:
- 臨床研修指導医講習会を開催している(年1回程度)
- 指導医講習会の受講費を病院で負担している
- リクルート活動を積極的に行っている
3.考察
今年度は昨年同様、指導医の充足に焦点をあてて調査を行いました。初期臨床研修の指導医は、卒後7年目以降の研修医を指導する立場にある医師が、厚生労働省が認定する臨床指導医講習会を受講しなければなることができません。ご回答いただいた施設の卒後7年目以降の医師のうち、初期臨床指導医資格を持っているのは56.2%で、昨年よりも低下していますが、いくつかの基幹的な病院からのデータが欠けているため、正確さには慎重を期す必要があります。
新型コロナウイルス感染症の影響により、対面式の指導医講習会を行うことができなかったことも大きく影響していると思われます。艮陵協議会は比較的早い段階から完全オンラインによる指導医講習会を開催しましたが、対面であれば48名を受け入れ可能な参加人数を32名に絞らざるを得ないことも影響しています。
人数の多い組織では指導医資格の取得比率にばらつきが大きくなりました。東北大学病院のように人事異動が頻繁だと、適切な指導医数を維持することの難しさもあると思われる一方で、東北医科薬科大学では指導医資格取得比率が高くなっています。また、卒後7年目以降の医師数が30名以下の施設でも指導医比率のばらつきが大きくなっています。指導医資格を取得することの必要性によっても取得率が変わると想像されます。指導医率が50%を越えている病院での初期研修医マッチ率は2年間平均で80%を越えている病院が多くなっています。
指導医1人につき、指導できる研修医の数は5人までとなっていますが、忙しい臨床の現場で、複数科をローテートする研修医が充実した研修ができるよう、指導医の充足も大変重要な課題です。
厚生労働省の臨床研修指導医講習会の認定要件は、必要な項目を満たすワークショップ形式で休憩時間を除いて最低16時間(1泊2日あるいは2泊3日が必要)の研修時間が必要な指導医講習会です。取得を希望される方は、ぜひ艮陵協議会の指導医講習会を受講してください。初期臨床研修指導医講習会への参加を病院が負担することや、NPO 法人卒後臨床研修評価機構(JCEP)による研修プログラムの評価の受審、NPO法人 日本医療教育プログラム推進機構(JAMEP)の基本的臨床能力評価試験による研修医の臨床能力評価を行っている病院もあります。研修医を評価する方法も、アウトカム基盤型のカリキュラムになって、考え方を大きく変える必要があります。また、研修医のこころの問題にどのように指導医として使えるスキルがあるかなど、明日の臨床現場から使える指導法満載です。
2年間の初期臨床研修が終了すると、ほとんどの研修医はなんらかの専門医プログラムに進むことが予想されます(令和6年度 研修医・専門医の動向調査を参照ください)。専門修練医は、すぐれた指導医のもとでの専門医研修を望んでおり、加盟病院におかれましても、すぐれた指導医の確保は大きな課題です。高齢化とともに、人口減少が進む地域においては、病院の収益も悪化しかねず、医師の確保そのものが困難になっているかもしれません。また、指導医クラスの医師を確保できなければ、地域を守るセーフティーネットとしての病院機能が低下し、病院の存続も危うくなる可能性があります。人口が減少しても、高齢化による地域医療のニーズはますます多様化しています。多様な診療科をそろえる、あるいは、総合診療をはじめとする多様な医療ニーズに応えることのできる医師の確保は大きな課題です。
指導医充足のために加盟病院がされている努力は多岐にわたります。大学の医局は地域医療への人材供給源となっています。指導医資格を取得するよう、支援がおこなわれています。医師の雑用を減らし、学会・研究会などにも参加しやすくするための環境整備や配慮もなされています。その一方で、大学からの支援がなくなったという声も聞かれます。たとえば消化器外科と消化器内科、麻酔科などの関連する複数の診療科が揃うような工夫はもっとできるかもしれません。人材を供給することができる大学と、地域のニーズを調整する仕組みが重要だと思われます。給与や人材マッチングサイトなどの利用率は低く、信頼できる医師の確保の困難性を伺わせます。
艮陵協議会が行っている最近の企画の目玉に、中心静脈カテーテル(CVC)挿入にかかるライセンス共通化プロジェクトがあります。医療安全を守るために、侵襲的な手技を安全に研修してもらうことを艮陵協議会というネットワークで標準化していくことにより、地域としての医療安全、キャパシティビルディングが可能になります(詳しくは本誌別ページをご参照ください。)
艮陵協議会の指導医講習会では、『いい研修病院とはなにか』、『一人前の医師とは何か』、『(将来一人前の医師になるために)2年間で研修医をどのように育てるか』など関連しそうなテーマでグループワーク、ワールドカフェなど多角的な議論を巻き起こす工夫をしています。医療従事者ができること、各病院でできること、行政を変えていく必要があることなどさまざまなレベルでの改善点があるものと思われます。
今後もこのような調査を継続的に行うとともに、ご意見を少しでも反映させられるようにするにはどのようにしたらよいかを皆さまとともに考えてまいりたいと存じます。